関西発 No.006

発信日 2003/05/26  「はんなり」
発信者 松風みどり

祇園の近く 白川通りに、祇園を愛した歌人、吉井勇の碑がある。
「かにかくにぎおんは恋し 寝るときも 枕のしたを水のながるる」
毎年11月 芸妓はんやら舞妓はんが勢揃い。歌碑の前で故人を
偲んで、献花し施茶する行事 「かにかく祭」 がある。
はなやかな衣装に あたりの紅提灯を揚げた辰巳稲荷、黒い木橋
の巽橋も、なんとなく浮きたつばかりである。それを
「そうでのうても はんなり した通りが、きょうはまた、いちだんと
はんなり した感じやおへんか」 と云う。

はんなり は、副詞。「はな(花)」に、状態をあらわす接尾語の「り」
つけて撥音化(ん)して強めた語。はなありの略とも。
花は世阿弥のいう「栄え」であり、陽気で上品なはなやかさの意か。

京都を語って、表現して、これほどぴったりした ことばはない。
芭蕉の「炭俵」にこんな句がある。
「 はんなり と細工に染まる花うこん」

白川の流れをふところによびこんだたたずまいに、集まった多くの
文人による日々。これこそ はんなり であったに違いない。

上記は、京都新聞の記者、杉田博明氏が新聞に連載した「京の口
うら」を本にされたのから。 あとがきに「永い歴史と豊かな文化に
育まれた京都。多くの人々が入り交じった都市としての付き合いを
余儀なくされてきた京都の人々にとって、そのことばは、ときに付き
合いの仕方、作法としてのおもんばかりまでを含んで、いい回しや
位どりに独特の表現を生み育ててきたところがある。 やわらかな
イントネーションには相手の気持ちを汲んだやさしさがある。
もちろん、耳あたりのいいことばに厳しい批判が隠されていたりも
する。 いわゆる「京ことば」である。

さて、小岩井農場の一本桜を絢子ちゃんが はんなり と云ったと
か。 その言葉は私に教わったとか。 エライコッチャー。
あの写真の桜をそう云うのかー? ウーン。唸ってしまった。
はんなり はもう少しあたりがやわらかく、暖かい雰囲気でないと。
そう思って、でも自信が無いから、写真を見せて詳しい方に聞いた。
やっぱり これは はんなり とは云わんなーとの事。

京都植物園の垣根の外。鴨川沿いに、しだれ桜が何十本とある。
ソメイヨシノが終わり遅めに咲くしだれ桜は まわりの新緑に映え、
下の方にはユキヤナギが咲き、暖かい春の陽差しに鴨川の水も
ぬるんで、対岸から見るととてもきれい。 こういう雰囲気を京都
の人は 「ほんまに はんなり してるわー」という。

「かにかく祭」とか 歌舞練場で踊るたくさんの芸妓さん舞妓さん
がかもしだす雰囲気を はんなり と云うとともに、見てる人々が
日常生活と違う処に身をおいて、はなやいだ気分になるという意
味も含んで、「 はんなり してほんまによろしいわ」 となる。

では複数でなくひとりに対しては云わないのか、と聞いたら、初々
しい舞妓さんや、若い女の子が明るく、柔らかい雰囲気の着物き
て歩いていたら、ひとりでも はんなり してよろしゅおすなー。
と云うとの事。

じゃーとても美人の芸妓(芸者)さんが素晴らしい着物きて歩いて
ても 初々しいとはいわないから はんなり とは云わないのね。
と聞いたら、 ウーン、云わんなー。との事。
でもその芸者さんがお座敷に入り、パッとはなやいだ雰囲気にな
ると、即座に はんなり してええわーとなるそうな。

京ことばは難しいのです。
 

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