ことばあそび No.029

投稿日 2003/06/07  [ジョーク19] 日本人
寄稿者 八柳修之

あなたはタイタニック号の乗客です
 
 タイタニック号が沈没しそうです。ゴムボートには限界があるので、健康そうな男性客は救命胴衣を着けて海に飛び込んでもらいたい。
 あなたが船長なら、それをどうお願いしたらよいか?

イギリス人に対して 「あなたは紳士だからやってくれるでしょうね」
アメリカ人に対して 「あなたはスポーツマンだから」
ドイツ人に対して  「国の命令なんです」
ロシア人に対して  「飛び込んでくれれば勲章をあげるよ」
さて、日本人に対して、何と言うか言えばよいか。それは簡単
          「みなさん 飛び込んでいるようです」

無人島へ漂流して
 
 イタリア人、フランス人、イギリス人、日本人、そして一人の女性が、ある孤島に漂流した。誰がこの女性と仲良くなるか。
 イタリア人はさっそく女性を口説きだした。
 フランス人は決闘すべきだと主張した。
 イギリス人はみんなで話し合って決めるべきだと提案した。
 最後に日本人意見を求めた。すると日本人は言った。
 「本社に問い合わせます。私の一存では決められません」

 日本人をステレオタイプにすると、世界からはこのように見られている。「納得です」目くじらたてることではない。
 「本社に問い合わせます。私の一存では決められません」の言葉を、多少、擁護すると、概して日本の会社は出先の駐在員を単に伝達役として位置付け、権限を与えていないからである。
 
 日本人のユーモアのセンスについては、ジョーク1で述べた。
 日本には古くから江戸小噺や都都逸のような粋な話があるが、すでに古典の世界となってしまった。
 今、中年女性に人気のある話題の綾小路きみまろとやらは川柳がベースである。オヤジギャグ、駄洒落、語呂合わせにいたっては一段低いものと見られている。しかし、ユーモアや笑いは大切なコミュニケーションの手段として注目されているのも事実である。
 日本にジョークが発達しなかった理由として、ユーモア研究家の織田庄吉は「日本は笑いを抑制する文化」であったとする。その理由として、日本人にとって笑われることは恥であり、そこから他人にも笑いを向けないという社会的制約が生まれたこと、笑いは卑しい表現として、怒りや悲しみよりも下に置いてきたこと、を挙げている。日本では、まじめなもの、荘重なものが尊ばれ、人を楽しませ、笑いをふくむものは、ジョークに限らず軽視する傾向が強いのである、と述べている。
 
 かって駐在したアルゼンチンには「ウモール(ユーモア)」という月刊雑誌があり、TVでは政治・世相を風刺した人形劇があって人気があった。そして、街角のプラザと呼ばれる小公園では、老人達がおのおの創作したチステ(小噺)を披露し合う笑い声で満ちていた。今日はジョークから外れてしまいました。
6・7 八 柳)

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