ノンジャンル No.059

投稿日 2006/03/30  岩国の住民投票と深場釣り
寄稿者 吉田一彦

 1989年11月9日、ベルリンの壁が崩壊し、東西の冷戦構造の終焉を迎えて、わが国の基地問題も変わった様相を露呈している。
 現在、沖縄の普天間飛行場の移設問題で、微妙な政治的駆け引きが見られるが、3月12日に行われた米軍の再編にからむ米空母艦載機の厚木基地から岩国基地への移駐案をめぐる受け入れの賛否を問う住民投票もきわめてアップデートな問題である。
 この住民投票は、錦帯橋で有名な山口県の岩国市の伊原勝介市長の決断によって実施されたものである。この投票が有効で、9割以上の反対があったことは、皆さん既にご承知のとうりである。
 私が持ち合わせなかった蛮勇を奮い立たせて、旧労働省の課長のポストをなげうって、政治の世界に飛び込んだ井原市長は、かって私の部下だった人である。
 私と彼との間には、奇怪な交遊録がある。それを皆さんに披露して、難しい政治の局面に立たされた彼の大いなる健闘を私は祈りたい。

 ―――彼は、東大を昭和51年に卒業し、同年4月に私が課長補佐をしていた旧労働省の労働基準局の計画課に配属されてきた。少し変わった人物で、役所に出勤してもネクタイをせず、いつも小さくたたんでワイシャツの胸のポケットに入れていた。
 こんな人は、役所では彼だけである。しかし、私は一度も注意したことはない。彼は、数年後にエリートコースの大臣秘書官に出世するのだが、それからはやむを得ず役所の中ではネクタイをしめるようになったと聞く。

 ―――ある初秋の某日、私が統括する法規、企画係全員8人で、千葉の勝浦に旅行に出かけた。夜は、美味い魚をつまみに、大いに飲み、翌日は早朝から全員で船をチャーターし、釣りに出かけた。その日は天気もよく、波静かで、絶好の釣り日和であったが、三十分ほど走った沖のポイントで、竿を下ろしたとたんに、(私以外の)全員が船酔いでダウンした。ぜんぜん釣りにならない。その中の一人が井原であった。
 勝浦から帰って何日かして、井原は、私のところに来た。
「―吉田さん、私、悔しいです。もう一度勝浦に釣りに連れて行ってくれませんか・・・」
 と無口で不器用な彼が真剣な顔をしていった。彼は、釣りはまったくのド素人であった。私は(こいつはなかなか根性のあるやつだ)と思ったことを今でも忘れない。

―――私は、もともと海釣り、特に150メートル以上の深い海の底を釣る、『深場釣り』が好きで、全国をまたにかけ、北海道の積丹、新潟の佐渡島、鳥取の境港、瀬戸内、鳴門海峡、九州の日南などで釣りを楽しんできた。
 井原の申し出は、私にとっては格好の口実であった。早速、特急に乗って、釣りの好きなもう一人の係員を連れて、3人で勝浦に行った。民宿に泊まり、夜は新鮮な魚をつまみに、何かの問題を大いに議論しながら酒をたらふく飲んだ。
 翌朝は4時に起床、天気はまあまあであった。3人のうち伊原と私の二人が、他の乗船者5人と乗り合いの船に乗った。今日の狙いは、水深が200メートル程度の深海魚の『めだい』、『黒むつ』である。
 さすがは外房の海、沖のポイントまで40分ぐらい走った頃には、海が荒れてきてビルの3階ぐらいの高さの波が立て続けに押し寄せてきた。それでも船頭の合図で、竿を下ろした。
 横にいる伊原も竿を下ろしているのかなと思ってみると、彼は、竿を下ろすどころか、私の足元に死んだようにうつぶせになって動かなかった。私が(邪魔になるからもう少し離れてくれ!)と3回ぐらい怒鳴ってもぴくっとも動かない。無理もない。周りで釣っている常連そうにみえる何人かも、船酔いでげろげろやっていた。
 船は大きく揺れ、とても立っていられない。私も変な気分(今にして思えば、心筋梗塞の症状と同じような具合のわるさ)になってきた。
 船頭から(竿を上げろ)という合図が飛ぶ。具合が悪いのに、200メートル以上のそれも大きくふけた糸をリールで巻くのは重労働だ。船べりに足を突っ張って巻いて、やっと300号の錘が見えてきた。だが風も強くなり、錘を手元に自由にコントロールできない。
 300号の錘とくれば、『金槌』位の重さがある。それが手元が狂ってまともに伊原の頭の上に落ちた。死んだように動かなかった伊原がばね仕掛けの人形のように飛び起きた。頭を抱える。(―やあ・・ごめん、ごめん・・・)私が謝ると、無言で、海水でびしょ濡れになった身体をまたうつぶせにして動かなくなった。
  海は、益々荒れ、5トン程度の木造の古ぼけた漁船の戸はあちこちで外れて落ち、若い船頭の顔も青くなり、震えていた。私もこのとき生まれて初めて船に酔った。
 ビルの6階位の波が押し寄せてくる。そのたびに船はエンジンを止め、波が去ると船は岸を目指してフルスピードで走った。
 捨てられた井原を除く全員がクーラーを背負い身体をロープでつないだ。私は、船が転覆しても、どんなことがあっても家族のために岸に泳ぎ着き、助かろうと心に決めていた。
 結局、40分のところを2時間もかかって、大きな山のような波の間からようやく船着場が見えたときには、私は助かったと思った。
 伊原は、船が岸壁に着くまで動かなかった。
 私もこのとき船が転覆していれば、いくら三陸の海で鍛えた身体とはいえ例の『74歳』どころではなかった。
井原も現下の政治的なイシュー『住民投票』に遭遇することはなかったろう・・・

―――井原勝介君よ。勝浦の海に、進んで再度トライしたときの気持を忘れずに、『基地問題』という荒波に向かっていってくれ!
 どんな大きな波が来ても舟にうつぶせになってやり過ごすことは出来ないのだ。どんなに船酔いしても、ねじりはじまきをして船首に立ってこそ、市民から選ばれた首長というものだ。
 彼の苦渋でゆがんだ顔がテレビに出てくるたびに・・・私は心の中でそう励ましている。

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