ノンジャンル No.073

投稿日 2006/06/17  [PART4] 特訓
寄稿者 吉田一彦

 今、都心の公務員宿舎の売却が話題になっているが、私は約10年間、目黒の東山の官舎に住んでいた。
 この官舎は、各省の職員を対象にした合同の宿舎で、事務次官から課長までが入居していた。
 けして広い宿舎ではないが、交通の利便がいいこと、子供の教育環境が優れていること(帰国子女が多い)で、定住率は抜群の高さを誇っていた。
 
 元来、私は、先祖代々早起きの家系で、朝は5時に起き、近くのゴルフの練習場の会員となり、毎朝、役所に出勤する前に約
300球のボールを打っていた。
 練習が終わってからシャワーを浴び、朝飯を食べてそれから役所に出かけるのである。
 この練習場は、目黒のある資産家の屋敷の一角をゴルフ場にしたもので、早朝練習しているものは近くの官舎に入っている役人が多く、顔ぶれもほとんど決まっていた。
 毎朝、開門になると、すぐ一杯になるので、私は早めに暗いうちから自転車(走って数分)に乗って通っていた。
 このゴルフ場の近くに
交番がある。
 ある冬の朝、私は、いつもの娘の古い自転車に乗ってこの交番の前を通ると、お巡りさんに呼び止められた。
 何しろ
頭と顔は古いタオルでほうかぶりをし、上下のトレパンにスニーカー。自転車の荷台のかごにはドライバーなど3,4本の棒を袋に入れて載せ、勢いよく無人の道路を走っていくのでは、真面目なお巡りさんなら職務尋問をしたくなるのもやむを得まい。
「もしもし、あなた。今乗っている自転車はあなたのものですか???」
 若い真面目そうなお巡りさんが胡散臭そうな目で私を見た。
「勿論、私のもの・・・正確に言えば娘のものです」
「どちらにいくんですか???」
「そこのゴルフの練習場に行くんですが・・・・」
「そこのゴルフ場?」
 どうやら新しくこの交番に転勤してきたお巡りさんらしい。
「あなたの自転車の後ろの車輪の泥除けにガムテープを張っていますが、その下に何が書いてあるか言ってみてください!!!」
 職務に熱心なのは、見上げたものだが、私もしつこく聞かれるのには少しいらいらしてきた。
「あっ、これですか。これは、元住んでいたところの住所と娘の名前が書いてあるんですよ・・・・目黒に去年変わってきたので、前の住所では具合が悪いので、ガムテープを張ったんですよ」
 若いお巡りさんは、それでも信用せず私を疑った。
「念のためになんと書いてあるか言ってみてくれませんか――」
「しょうがないですね。じゃあ言いましょう。東京都東久留米市・・・・吉田 暁と書いてます」
 私は、少し腹がたってきて、つっけんどんに答えた。
 私は、練習場にいくのが遅くなるので、いらいらしてきた。
 その練習場は、打席の数が少なく、もし一杯ではいれなければ最低でも30分は待たなければならない。
「すいませんが、そのガムテープをはずしてみてくれませんか―――」
 私は、その警察官を睨めつけてからガムテープをはいた。
 そこには、私が先ほど言った住所と名前が書いてあった。
 警察官は安心したように、
 
「最近、自転車ドロボーがはやってましてね。失礼しました・・・」
 (何が失礼しましただ!!!それにしても私は自転車ドロボーに間違われたのか―――)
 私は、不愉快な気持を引きずりながら練習場に急いだ。
 
 練習場に朝一番で来る人の顔ぶれは、ほとんど決まっている。
 中に毎朝、自家用車を運転してくる人がいた。私よりもちょっと年配の人で、顔も精悍で浅黒く、首にはいつもタオルを巻いていた。
 よく私の隣の打席で打つことが多く、ゴルフの腕は私より数段上であった。朝会うと挨拶程度は交わしたが、話をすることもなかった。その人は7時頃になるといつも電話をどこかにかけていた(奥さんでも起こしているのかな)。
 
 私は、当時労働省では、労政局の予算担当の課長であった。
 その年は、労政局は新規要求の項目が多く、これを獲得するには大蔵省への強力な根回しが必要であった。
 その一つとして、ある人にお願いして、大蔵省の主計局の局長以下の幹部と会食することになった。
 主計局長を引っ張り出すのは、至難の業である。おそらく労政局長のポストは次官待ちポストなので付き合ってくれたのかも知れない。
 当日、私と局長は早めに赤坂の料亭に行ってお客さんを待っていた。しばらくしてお客さんが見え、上座に座った。
 
畳みに手をついで挨拶をし、顔を上げて吃驚した。なんと毎朝ゴルフの練習場で顔を合わせているお人ではないか。
 その人は、主計局長の隣に座った次長である。次長も私の顔を見て(あっ!)と口を開いて吃驚していた。
 それ以来、その方とはゴルフ場であっても親しく話をするようになった。その方も気楽にたまには仕事のことも私に尋ねるようになった。
 その方は、後の大蔵省事務次官のY氏であり、退官後は、日本輸出入銀行(現国際協力銀行)の総裁に就任された。
 
 
 
世の中は、どんなことで、どこで、ご縁が出来るのか、意外と狭いものである。
 
[PART4]完
(追記)

 6月17日、新聞各紙は、元警視総監の前田建治さんが16日に前立腺がんで66歳で死亡したと報じた。
  私がPART1 気概で書いた警察庁のMさんとは、彼のことである。心よりご冥福を祈る。

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