ノンジャンル No.074

投稿日 2006/06/17  [PART5] グルメ
寄稿者 吉田一彦

 『産業労働懇話会』(以下『産労懇』と略称)という会合があった。
 この会は、日本の労使のトップ、高名な学識経験者、政府(労働省他)によって構成され、その時々の労働問題を初めとするわが国の諸問題を討議し、問題意識を共有化するために設置され、運営されたものである。
 メンバーは、経営者側は、経団連会長、日経連会長、日本商工会議所会頭など、労働側は、総評議長、同事務局長、同盟会長、大きな産別の会長、学識経験者は、隅谷三喜男先生、東大の加藤一郎総長などによって構成され、
会長は、日本経済新聞社の円城寺次郎会長であった。
 この会合は、月1回朝飯会の形式で、丸の内のパレスホテルで開催された。
 毎年、2月には総理も出席し、月々のテーマを私どもが設定し、テーマの担当大臣とその省の事務次官や担当局長の出席を私どもで要請をした。
 日本のトップクラスの要人に問題を理解してもらうということで、私どもの要請を断る役所はなく、快く協力してもらった。
 このようにこの会合の担当責任者は、労政局の私であり、テーマの設定や関係者の出席要請のほか、会長への事前のレクチャーや当日の会の運営で結構気を使った。
 テーマは、アップトゥデートな問題でなければならず、賞味期限の切れた問題などは問題にされず、それだけにきわどい議論がなされることもある。
 確か為替のプラザ合意の問題がテーマのときだったと思うが、竹下大蔵大臣への質問はいつになく活発であった。微妙な質問を大臣は、軽妙な答え方で上手にかわされていたが、帰りにホテルの玄関で見送った私に「今日の私の話はつまらなかったでしょう」と話しかけられ、私も正直なところそう思ったが、「はい」とも答えられず、ただにっこり笑って首を振った。
 まあそんなことで、テーマはオールランドであったが、なんと言っても経済の問題が多かった。
 私は、テーマと開催日が決まると、毎月一回座長を勤められる日経新聞の円城寺会長のところに説明に行った。
 大手町の本社の大きな会長の応接に通されると、テーマの説明をし、会の運び方の説明をひと通り済ませると、会長は、経済審議会などの政府の重要な会議を仕切ってきた経験が豊富であることから、本題はすぐに終わりいつも雑談に移るのである。
 会長は、仕事柄、話題も豊富で、お人柄も飄々とされており、私も大変楽しく、いつもお会いするのが楽しみで、いい勉強になった。
 それに
会長は、大変なグルメで、
「吉田君、フランス料理の〇〇というレストランに行ったことがあるか?今度一緒に行かないか!!」

「いえ、行ったことはありません。是非お願いします。局長も一緒に連れてっていいですか―――」
 会長が、名指ししたレストランは、私の参考にしているグルメの本によるとランクがトップの五つ星で、とても私の給料ではいけそうなところではなかった。
 また、相手は高名なジャーナリストであるから私一人だけでは役不足で、当時私の上司谷口局長(後の労働事務次官)も相当のグルメだから喜んで付き合うだろうと思った。
「そう、谷口君を連れてきてもいいよ。そのうち私の秘書から君に電話を入れるから・・・・」
 2,3日して会長秘書から電話があった。
 谷口局長に話すと喜んで、溜池のレストランで3人で楽しい会話を交わしながら美味しい料理を夜遅くまで堪能した。
 こういった按配で、2年と数ヶ月円城寺会長とお付き合いいただき、
日本料理から中華、おそばまで数回ご馳走になり、私のグルメ歴に彩を添えていただいた。

 産労懇では、大体穏やかな話し合いに終始したが、時には激しいやり取りもあった。労働時間短縮をめぐって労働大臣と東急コンツェルンの総帥五島 昇日商会頭が激しいつばぜり合いを演じた。
 二人の仲を修復するため私は、赤坂での懇親会をセットさせられた。
 このセットが大変である。相手は経団連の会長や総評議長といった面々、超多忙な方ばかりで日程の調整が出来ない。これだけの顔ぶれのかたがたを一晩に集めることは至難の業であった。
 私が東急電鉄の秘書室と念入りに打ち合わせ、やっと会頭の都合に合わせて会合を設定したが、当日になってこの大物は、都合ができて欠席ときた。男の意地なのか。
 
 産労懇は、会議の開催中も結構大変であった。労働大臣が会議中もじっとしてないで出席者の間をうろちょろ動くのである。
 事務次官がいやな顔をして、何とかならないかと私が言われた。
 だからと言って、(会議中はじっとしていてください!)と大臣に直接言うわけにもいかない。
 仕方がないので、私が大臣の席の後ろに椅子を持ってきて、それに座って物理的に大臣が動けないようにした。
 大臣は、身体の小さい人だったけれど、私が座れば動けず、邪魔されたのが分かると・・・・顔に青筋を立てて内心では怒っているようであったが、何も言わなかった。
   
 
 まあ・・・
産労懇は、いろいろと苦労もあったけど、労使の話し合い路線をいっそう定着させ、立場の異なる労使の意思疎通の場を提供し、わが国の労使関係の安定に充分寄与したものと私は自負している。
 
[PART5]完

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