ノンジャンル No.076

投稿日 2006/06/30  [PART7] 総理官邸
寄稿者 吉田一彦

 1985年1月に、特殊法人日本労働協会(現独立行政法人労働政策研究・研修機構)の招待によりアメリカのAFL−CIOのカークランド会長が来日した。
 アメリカのAFL−CIOの会長といえば、アメリカ労働組合最大のナショナルセンターの会長で、民主党の最大のスポンサーであり、会長といえば、民主党の大統領時代なら、大統領と肩を並べるほどの大物である。
 この頃の私がいた労政課は、外国の労働組合との交流など国際的な仕事の比重が増してきており、今まで一度も外国出張にいかせてもらえなかった私
(同期の者などは、皆もう3度も4度も外国出張を経験している。外国に一度もいつたことのない私が仕事とは言え、アメリカのUAW(自動車労組)などの組合の猛者連中と一週間に一度ぐらいの頻度で、口角泡を飛ばして、日本やアメリカお互いの悪口や政策の欠陥を言い合いながら激論するのだから、たまったものではない)
は、内心ひやひやしながらもこれらの業務を何とかこなしていたが、私が監督指導している日本労働協会が主催するカークランド氏訪日の仕事も私の仕事であった。

 
当時、アメリカとわが国は、貿易摩擦の問題で大変であった。
 1960年代の繊維、1970年代の鉄鋼、カラーテレビ、1980年代の自動車、ハイテクと問題が両国間で火を噴き、1984年にはわが国が世界最大の債権国になるという正にそういうときのカークランド会長の来日であった。

 まず、労働大臣にあった後、
中曽根総理を表敬することになり、総理と会見するために会長を官邸に案内した。
総理との会見には、労働省から谷口労政局長と私、外務省から林経済局次長(後の外務事務次官、イギリス大使)が陪席した。
 会見後の
内閣記者クラブへのレクチャーは、私がやることにセットされていた。
 会見が始まる前に私の隣に座っていた林さんが私に耳打ちした。
「会見が終われば、誰が記者クラブにレクをするの?」
「私がすることでセットしてありますが・・・」
 私は、実を言うと内心大変心配していた。おそらく今日の総理との会見では、労働問題はあまりでないだろう。経済問題、中でも貿易問題が主題になるだろう。そうなるとその問題には、素人の私では記者クラブへのレクは大丈夫だろうか―――
 私も必死になってメモは取る(メモを取るのは私の最大の苦手!!!)けど、失敗すれば私は間違いなく首になるだろうと覚悟した(―――役人になって、首を覚悟したのは、このときと、省内の抵抗勢力をなぎ倒して『労働安全衛生法』の閣議請議の決済を取ったとき!!!)。
 
 外務省の林さんが言った。
「今日の総理との会見では、貿易問題が主題となるだろうから、よろしかったら記者レクは私がやりましょうか」
 よく考えてみれば、日米がこの微妙な時期に、総理とカークランド会長との会見でおかしなニュースが飛び出せば、外務省としても困るし、厄介なことになるのである。
 私は、内心命びろいしたと思った。
「是非お願いします」
 私は、外務省の林さんにお願いして安心した。とはいっても労働問題が出ればそのときは私が対応しなければならない。
 
 中曽根総理が会議室に姿を現した。総理は、カークランド会長と流暢な英語で挨拶を交わした。
 総理は、産労懇で見ているが、首相官邸で見るのは、初めてである。前に見た佐藤総理同様、顔つきといい、品格といい、なかなか立派である。 
 総理のそばに若い外務省の職員の通訳が座った。
英語の達者な総理といえども仕事では、日本語を使う。
 こんな若い頃から課長でもないのに、総理の通訳をしてるのだから、外務省の職員は度胸もつくだろうなあと思っていると、総理から若い職員はしかられた。
「しっかり、正確に訳しなさい!」
 私は、吃驚したが、吃驚している場合ではない。私は、通訳の言うことを必死になってメモにとった。

 会見終了後、官邸の記者クラブで記者レクが行われた。
 予想されたように会見の内容は、ほとんどが自動車をめぐる自主規制の問題であった。
 レクをする林さんの言葉と私が筆記したメモを照合しながら私は聞いていたが、首覚悟で必死になってメモしていたせいか、吃驚するほど一致していた。
 もし私がレクしたとしても失敗することはなかったろうと、胸をなでおろした。


 カークランド会長は、また非公式に、水面下で自民党本部で二階堂副総裁と会った。もう一人外務省出身の若い代議士が陪席した。
 案内したのは私。私は、若い国際問題担当の女性の係長を連れて党本部に乗り込んだ。私は、英語は駄目だが、彼女ならお茶の水も出ているし英語は分かるだろうと安心していた。
 会議が始まる前に二階堂副総裁が言った。
「――君らは役人だから、英語はペラペラだろうし、あとは英語が分かるものばかりだから、通訳抜きでやろう・・・・」
( 普通の場合だったら、「ちょと待ってください。私、英語が駄目なので、通訳でお願いします」というところだが、せっかくわれわれを持ち上げてくれた二階堂さんに失礼だし、そして相手が相手だからちょっといえない。
 二階堂さんは確か、カルフォニアの大学を出ているから英語は不自由ないだろうし、もう一人の先生も外交官の出身だからなあ・・・
 まあ、しかし、隣に係長がいるから大丈夫だろう。後で彼女のメモを見せてもらえばいいんだから・・・・)
 そう思って、隣の可憐な美女に聞いた。
「―――あなた、英語は大丈夫なんでしょう」
 係長は、可愛い目をパチクリして悠然と答えた。
「私、フランス語なら何とかなるんですけど。英語は、ちんぷんかんぷんで・・・」
(おい、おい・・・・)
 私は、吃驚した。二階堂さんとカークランド会長とのやり取りが分からなければ、後で局長に報告できないではないか―――
 会見が始まった。二階堂さんは、少し鹿児島訛のあるような流暢な英語でまくし立てていたが、私には何をしゃべっているのか、さっぱり分からない。さあ、どうしよう・・・・・・
 労働省に帰って、谷口局長(局長は大物だからあまり細かいことは質問しない)への報告を冷や汗をかきながら何とか無事終えた。


 カークランド会長が公式の日程を終えると労働大臣が日本橋の天ぷら屋に会長ご夫妻を招待した。
 私が早めに会場で待っていると、中年の美人の女性が見えた。大臣の奥さんである。私は、この方は、テレビのバラエテイー番組で見たことがあるのですぐに分かり、部屋に案内した。
 やがて、大臣が秘書官やSPを連れてやってきた。
 私が大臣に近づいて
「奥さんがお見えになってます」
 というと、大臣は
「何で俺の女房を知ってるんだ―――」
 と聞くので、私は
「テレビの〇〇番組で拝見して、存じ上げています」
 というと、大臣から
「君は、その時間にもううちに帰って、テレビを見ているのか。僕なんか毎日、夜中まで仕事をしてるんだぞ。もっと働けよ!!!」
 と怒られた。
 奥さんをテレビで見てますといえば、褒められるのかと思っていたが、逆に叱られた。


 カークランド夫妻は、てんぷらをよく召し上がり、懇談もいろいろの話題で盛り上がり、楽しい一夜を過ごした。
[PART7]完

TOPページへ


iwayama3 since2002.11
Presented by Ayako Taguchi