ノンジャンル No.088

投稿日 2006/10/01  Tokyo Station 丸の内北口の攻防(攻防異聞)
寄稿者 隆宮  暁

―サクリファイス・・・二度目の左遷―
 
 事業団の雇用対策の仕事が終了すると、4月には私はR省に戻ることになっていた。
 事業団時代の仕事の大変さを考慮して、I本部長は、私が少しでもいいポストに戻れるように、R省の官房長や事務次官に掛け合ってくれた。
 田淵理事(昨年逝去、故人)も私をR省の部長か、悪くても大局の局長で戻れるようにR省に何度も足を運んで自分と同期の事務次官に熱心に掛け合ってくれた。
 私は、そういった諸先輩の配慮には感謝していたが、R省の幹部はどういうわけか、それに応える気持がないことを周辺から漏れ聞いていた。
 でも、私は、人事は人事として、附中の卒業時の文集『たわごと』に書いていた次のような目標(原文のまま掲載)
 
 「僕は恐ろしいから『スト』のない公務員にでもなろう」

がかなえられ、私は、最低限は満足していた。

 そうはいっても、内示があると私はさすがに驚いた。
新潟のR省の出先機関の局長(現在は指定職ポストに格上げされている)だという。まさかと私は思った。その局の局長は、当時私と同期の者が務めていた。私から自分のことを言うのもなんだが、私はこれまで彼よりも経歴やポストの比較で数歩前を歩いていた。
 私は、この文章に『二度目の左遷』というサブタイトルをつけたが、(一度目は、高松に飛ばされたとき。おそらく、このときは総理を巻き込んだ労組大物幹部の陳情によるイレギラーな予算要求によるO省へのイックスキューズとして私の左遷が差し出されたのではないか??それとも上司の当時の労政局長に対し私が反抗がましい行為に出たからか?どちらが原因となったか真相は今でも私にはよく分からない)、これは役人にとっては絶体絶命の致命傷で、なぜR省はこんな姑息でえげつない人事をするのか?

 一方、JRや運輸省の出身者に対しては、清算事業団での活躍を認め、二階級特進と言う破格な処遇をするケースがおおかった。
 それと比較し、私は、くだらないことにいつまでもこだわるわけではないが、R省のとった措置が20年たった今でも理解できないのである。
 ただ、私にとって当時の唯一の救いは、新潟は、県庁の課長として過去に一年過ごしたなじみの地であったことだ。
 新潟に赴任して、初めての知事召集の国の出先機関の長の会議で、私が挨拶で国鉄清算事業団の前歴にふれると、会場のあちこちから「よくやった」と声が上がり、拍手が起こった。私は、嬉しかった。
 特に、当時の県警本部長は、私の仕事をたたえる発言をしてくれた。
 そして所轄の新潟署が東京の目黒署からの連絡を受けて、私の官舎を早速調べに来てくれ、海側に面した塀が低いので、高くするように進言してくれた(その当時は私は、全く分からなかったが、新潟にも国鉄関係の労組に絡む新左翼の過激な連中がいたようである)。
 そのアドバイスを受けて、役所で塀を直してもらい、私は、近所に住む県警の刑事部長と抱き合わせに、新潟署の毎日のパトロールの対象に加えられた。
 私自身は、木造の古い一軒家の広い官舎で、毎晩寝るときは、無粋なことに、ゴルフの2番アイアンを抱いて寝た。
 前シリーズの『戦場 霞ヶ関』のサプリメントに記した『荒れ狂う海鳴りと、恋しい人への思いで何度も寝返りを打った地吹雪の日本海??』は私の負け惜しみで、本当のところは不安と恐怖に取り付かれて眠られなかったのである。
 
 さすがに警察の警備は徹底していた。
「最近、庭の水撒きのフォースを取り換えられたでしょう」
 庭の隅々にまでたっぷりと水をまき、美しい花を咲かせようと確かにフォースを長いものに変えた。
「こないだの夜、妙齢のご婦人が訪ねてこられたでしょう。うふっ!」
「やあ、あれは、私の女房です!!」
 こんな具合だから東京で暮らしている女房殿はひと安心。私の方は、反対に窮屈な生活を送ることになったのだが・・・・新潟での一年の勤務は、お蔭様で、何事も起きず、無事過ごさせてもらった。
 

 さて、この間、IWAYAMAのこのシリーズを読んでくださった盛岡のHoro−Sanからメールをいただいた。
「かの地の攻防を楽しく読ませて頂いている。・・・・・・国鉄が民営化された詳しい顛末を誰か一冊の本にまとめてくれないかとまっているが・・・・」
 楽しく読んでますという文字を見て、私は、重い責任を感じた。
「もっと面白く書かなければ・・・」
その丁度同じ頃、「e―たわごと」に絢子さんの「港区に残る南部藩(高野善夫)」という記事がUPされた。
 添えられた写真には、有栖川宮記念公園とその横にある南部坂が写っていた。ここは私がよく目にする風景。私がよく通っている都立の図書館がある。
「そうだ、久しぶりに有栖川公園の図書館に行って、Horo―Sanが求めている国鉄改革関係の本で、左翼系統の人以外の人が書いた代表的な著書―――JR東海の葛西敬之会長が書かれた『未完の「国鉄改革」巨大組織の崩壊と再生』(東洋経済新報社)を読んでみよう。今まで面倒くさくてあまり読む気がしなかったけど、Horo―Sanが私の駄文を読んでくださることへの責任もあるから一度目をとうそう」
 と思って図書館に出かけた。うまい具合にその本がすぐに見つかり、分厚い本を朝から午後3時ごろまで一気に読んだ。
 そして283ページに書いてあったある記述に私は強くひきつけられた。
 著者は、その当時は、国鉄職員局の次長の職にあった人(年次は私と同期)であるから実際に彼が体験したノンフィクションのシーンが沢山出てくる。
 引用させてもらうと(私は、この頃は、高松のR省の出先機関にいた。念のため)、

「正月早々だったかと思うが、運輸大臣の紹介で労働大臣以下労働省幹部と会うことになった。労働大臣からの要請で、井出氏、松田氏、南谷氏と私(筆者注改革関係4人組。いずれも後にJRの会長、社長になった方々)が出席した。永田町の料亭が会合の場所であった。
労働大臣のほかに、労政局長など労働省の幹部が同席した。そこで労働大臣から
「君達がやっている労働組合対策はおかしい。国労こそが労働運動の主流なのだから、国労を疎外するような労政をやっていると最終的にはうまくいかない。だから少し姿勢を変えろ」という助言があった。おそらく総評からの働きかけがあったのだろうと皆思った。
「国労を疎外しようと思っているわけではありません。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
分割民営化のために必要な施策を曖昧にするわけにはいかない。私たちに言うよりも国労に向かって言うべきことではないですか」という話をした。
 翌日、当時の労政局長が総裁(筆者注、元運輸事務次官、国鉄総裁杉浦喬也氏、後の清算事業団理事長で、かのロッキード事件で有名な若狭氏の後の全日空会長)に電話をかけてきた。「昨日会った人々はきわめて硬直的である。あんな棒を飲んだような労使関係の運営をやっていれば、あなたの首が危なくなりますよ」と言ったという。総裁は私に「お前、何を言ったのだ」と聞くから、「いや、私は『国労と手を握れと言っているが、手を握るのは結果であって、国労が分割民営化に対して全く背を向けた形になっている状況では、握りたくとも握れません。だから国労に向かって話をしてください』という話をしただけですよ」といったら
「当たり前の話だな。しかし、労働省というのはそういうことを言うところなのかね」というような話で、事は終わった。
 そういう状況のなかで、総評と動労の関係は非常に悪くなった。総評の主力組合は国労なので、動労に対しては厳しい姿勢をとりつづけた。」

一方、そのあとによく話しに出てくる中曽根元総理の総評および国労つぶしについての所見について―

 2006年6月6日に政府に出された衆議院議員の辻元清美氏の質問主意書「中曽根元総理大臣の国鉄労働組合についての発言に関する質問主意書」には、次のように記されている。

2005年11月20日のNHKの「日曜討論会」の元総理の発言
「国鉄労働組合っていうのは総評の中だから、いずれこれを崩壊させなけりゃいかんと。・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・国鉄の民営化が出来たら、一番反対していた国鉄労働組合は崩壊したんですよ」

同様の趣旨の発言は1996年週刊誌アエラを初め多くの紙面等でも繰り返されている。

(以下は蛇足だが、参考までに)
以上の中曽根発言は、けしからんとする辻元議員の質問に対し政府は答弁書で以下のように答えている。

「中曽根氏の発言は内閣総理大臣としてのものではないと承知しており、政府としてお答えすることは差し控えたい」

 私も昔、役人時代によく書いた全く木で鼻をくくったような答弁である。

私がなぜ新潟に飛ばされたか―――自分でもこの20年の間不思議に思っていたことが以上の資料から今明らかになった。
 私がコメントしなくても賢明な皆さんなら以上の資料を読んだだけで大体察しがつくだろうと思います。


 私が係わってきたドラマの中で誰が悪党だったのか、悪事を働いた個人がいれば、このシリーズの冒頭に掲げた『地獄絵図』の閻魔様(インド神話の閻魔王。地獄の王として、人間の死後に善悪を裁くもの)に地獄に落とされて、舌を抜かれるか、はり付けにあうだろう 。
(これまで、隆宮に意地悪をしたり、生き方の邪魔をした政治家、局長以上の高級官僚がことごとく世間を騒がせた大刑事事件に巻き込まれたり、早死にしているが、これは閻魔様に使えている閻魔卒が俗界に飛び出してきて裁いたものではないか、そう思うと隆宮は、空恐ろしくなった)
 しかし、目に見えない『官僚機構』というものには、人間と同じような『死』というものはないから、全知全能の閻魔様でも裁きようがない。
 いくら役所が組織を守るためとはいえいいかっこうして、真面目に、一生懸命にやってきた人間をイックスキュウズのためのサクリファイス(生贄)として差し出したりして、これではあまりにもやることが姑息で、情けなく、不正義ではないか!!
 私という官僚機構から追い払われた小さな虫けらは、今私を輩出した官僚組織に対しリベンジしようとして正義を求め真実を暴く小説を悪戦苦闘しながら必死で書いているのだが・・・はたして私の命のある間にこのリベンジは実現できるだろうか。
 それとも、こんなことでくよくよする隆宮 暁という男は女々しく、見苦しいか―
  
  退官時に事務次官に対して私と同じポストで同じ仕事をして出世していった人々と同じ処遇を求めて必死で抗議した私に対し、事務次官の代役を勤めた後輩の官房長がうそぶいたように(彼は理由を示さずにきわめて抽象的に括弧内の文字をぬいてのたまわったが・・・・)
「あなたは、
(労政のポジションにいたこと。清算事業団にいたこと。)運が悪いんですよ―――」の言葉に騙されて、お利口さんの敗者として、隆宮 暁に、弾除けにされてきたことを喜び、東北人らしく歯を食いしばって何も言わずに、鹿児島の芋焼酎のロックの自棄酒でも飲みながら、ニヒルに斜めから笑って、残り少なくなったわずかな人生を波乱を起こさず、静かに生きていけといえるのか!!
 
そう言われたらどうする・・・隆宮 暁君よ??
(Tokyo Station 丸の内北口の攻防 完)

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