ノンジャンル No.097

投稿日 2007/04/09  夕張有情(2)
寄稿者 吉田一彦


 そんな当時から20年も経って、私は、北海道を離れてから一度も夕張に行ったことはないが、今では石炭は、完全に歴史的な産物となり、夕張は、完全に観光都市に脱皮し、石炭の歴史村や国際ファンタスティック映画祭の開催など観光サイドで活路を切り開いてきたようである。
 しかし、その路線も過剰投資の問題やリピーターを期待できない観光開発のせいによる観光客の減少などにより財政を極度に逼迫させ、今回のような財政破綻を招いたのだろう(かって市の観光事業を担ってきた第三セクの「夕張観光開発」、「石炭の歴史村観光」ともに破産した)


 これから夕張はどうするのだろう?
 沢山の観光施設を売却したり、市民へのサービスの縮小、市民負担の増加、市役所のリストラを図って、職員を163人に半減したり、職員の給料をけずったりして、無駄なものをそぎ落として財政再建計画の達成を図っていくようだが、これとて容易なことではない。はたして将来に向かっての前向きの明るい展望はあるのか?
  
 当時、私がもっとも働き盛で、仕事にも気合が入っていたときに、真剣に夕張の雇用機会の拡大について検討してみたが、観光産業以外には新しい企業の立地の展望は望めなかった。
 夕張市の置かれている地理的なロケイション、40パーセントを超える高齢化問題、人口の減少(現在は13,000人、歌志内、三笠に次いで全国で三番目に人口の少ない市、いずれも北海道)、活用できる資源の枯渇などマイナスの材料ばかりである。
 あるのは『幸福の黄色いハンカチ』の名作の生まれた街にあった、炭住に伝わる人々のこまやかな心のあや、色濃い人情だけか?
 
 夕張という名前がニースに出てくるたびに、私は、昔、労働大臣の視察のときに入山した夕張新鉱の這って進まなければならない狭隘な切端、地震のようなものすごい地鳴り、真っ黒いお湯しか出ない炭鉱のお風呂、かっての栄華を誇った時代をしのばせる炭鉱会社のクラブハウス、災害が発生したときの現場の緊迫感と深い悲しみ、ゴールデンウィークに乗った閑散とした夕張行きのバス、夕張メロンの重たい箱を持って汗だくでうろうろした花巻空港などの場面が私の頭を掠めて、今にも涙が出そうになる。
 (詳細は私が既に記したノンジャンルの『春爛漫、桜吹雪の下で、第3話 北の国へふたたび』をごらんいただきたい。)

 皆で知恵を絞って、夕張を救って欲しい。
 私がせめてあと10歳若かったら、ボランティアで夕張に行って何かお手伝いできただろう。
 もっともわが故郷のほうも大変気になるのだが・・・・・
(私は、現在も故郷と経済的な接触があるが、度重なる自己破産などに遭遇するなど私も多大の被害を受け、宮古のほうも他の地方都市同様大変ひどい状況になっている。繁華街の老舗が次から次に閉店し、いくつかのところが、倒産に追い込まれている。私は、今も勤め先で官報を見ているのだが、つい最近も私が子供の時から記憶している老舗の時計店が倒産しているのを発見し、驚いた。宮古は夕張と違って発展のトリガーとなるシーズを豊富に持っているので、市長をはじめ地元の政治家には、大いに知恵と情熱を持って頑張ってもらいたい。)
 夕張問題は、地方都市にとっては、けして他人ごとではなく、他山の石である。

(完)

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