盛岡発 No.007

発信日 2002/12/14  メタセコイアは残った 
発信者 波多野勝夫

 盛岡市の開運橋のたもとに10数年前に1本の「メタセコイア」が生えていました。
メタセコイアは化石植物として知れているスギ科の落葉針葉高木です。

 この話をなぜしなければらないかというのは、今年10月12日に、わが小中学の同級会が盛岡で開かれました。開運橋の近くのホテルルイズの懇親会の後、2次会に向かう途中、八柳君から「この辺に確かメタセコイアが生えていたんだけどーー」と聞かれました。さすが博学の彼だ、と思い思案投首、酒も入っていたのでまともに応えられせんでした。
 このことが後になって気になっており、ようやく調べがつき、いまになって、遅まきながら報告したくまとめてみました。

 岩手日報の記事によりますと、メタセコイアは北上川右岸の開運橋下流たもとにあった喫茶店「ぽぷら館」の店の前にありました。戦後に植えられ、高さ18メートルにも伸び喫茶店を訪れる人たちに心の潤いを与えてくれました。国の護岸工事で河川区域内にあった「ぽぷら館」は1991年に閉店になりました。当然この木も切られることになったのです。
 しかし、しかし、偉い人とがいるもので、ファンの一人が「守る会」を結成。保存運動に乗り出しました。全国から何と4千人の署名を集めるなど運動の盛り上がりに、さすがの国も伐採を中止したということです。

 その後、ぽぷら館の経営者が盛岡市に寄贈しました。この木は、開運橋上流右岸の木伏緑地に2年後の1994年4月に移植され、いまも成長を続けています。
 あの時、八柳君に教えた歩道の幼木は、小岩井農場で育てた「姉妹木」で、ことしの4月16日に復活したものです。まさにメタセコイアは残ったのお話でした。

 ちなみにメタセコイアは白亜紀まで北半球に広く分布していましたが、国内には少なく「幻の古代木」です。化石植物として知られ、葉は線形で柔らかく、春には薄紅で黄みを帯びた新芽が目を引くそうです。別名曙杉といわれています。  (波多野記)
 
 姉妹木の植樹の様子(4月18日付 岩手日報より)

(大阪百樹)メタセコイアの説明ページ http://www.ne.jp/asahi/osaka/100ju/metaseq.htm

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