盛岡発 No.066

発信日 2004/12/09  盛岡文士劇と彦次郎さん
発信者 袰岩弘道

戦後間もない昭和24年の暮 丁度我々が中学に入るあたりに娯楽の乏しい盛岡に鈴木彦次郎さんを中心として立ち上げたのが盛岡文士劇でありました。
その後昭和37年の暮まで十三回にわたって公演され続けたようだが残念ながらその頃はズ〜ット東京にいたので いつ休止になったのかも知らなかった。

そして平成に入って有志の方々が集って「まだ やるべじぇ」と言って復活したのです。が,毎回入場券は即日完売の人気イベントなので興味はあったものの早朝から並ぶ勇気もなく暮になると「あぁまたそのシーズンがきたな‥」という程度でした。それがフトしたキッカケで一枚だけチケットを入手できたのです。宿題付きで!

当日は勿論いそいそと出かけたら、復活第十回記念公演だったんですね、ことしは。昔と違って文士や名士というよりは各放送局のアナウンサーなどがメインの役者で去年までは盛岡弁による喜劇が第一部に演じられていたようです。
ロビーで復活十周年記念の冊子を売っていたのでパラパラめくって見たら、あらら懐かしい顔ぶれが随所に載ってる、俺も年をとったわけだ・・んにゃそんなことよりも娘の万里子嬢が見たらなんぼ喜ぶんだが‥と早速郵送したような次第です。
以下がご本人からの読後感です。ちなみにチケットの宿題はできなかった・・残念!
 
> 文士劇のパンフレットありがとうございます。思いがけず昔々のなつかしい顔、
> お名前などが出ていて、ひとしきり思い出にひたりました。親父さんは、若い頃の
> 心座(いまの前進座)に参加していたこともあって、ともかく芝居好きだったので
> しょう。
> 何とかと役者は一度やったらやめられないの体で、文士劇も、大いに楽しんで
> いた様子です。後世に残る作品があるわけでないけれど、彼はめっぽう、ふるさと
> 盛岡が好きで、芝居好き、文学好きの人たちに、自分なりの種をまいていった
> 生涯だったようなに思えます。そういう意味では、幸せな人だったでしょうね・・・。
>                             梅本(鈴木)万里子
 
関連リンク
 鈴木彦次郎さん(プラザおでって) http://www.odette.or.jp/kankou/bu_c_bu_sh_i/bu_c_bu_sh_i.html
 盛岡文士劇(岩手日報) http://www.iwate-np.co.jp/news/y2004/m11/d28/TopNews.html

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