盛岡発 No.108

発信日 2006/04/02  不来方中学の跡は
発信者 田口絢子

iwayama3の表紙は駅前に出来た新しい橋「不来方橋」この不来方という名前から掲示板が賑わってます。

掲示板にはたくさんのご意見が寄せられ私も改めて今日公園下を歩いてみました。
武徳殿のあったところを通って右手に細井外科、その前に整備された広場がありその奥に「彦御蔵」がありました。
そのあたりが話題の「不来方中学」があった場所なそうです。
肝心の不来方中学の歴史などはまだ解明されていませんがともかく確かに八柳さんの記憶通りの所にありました。

そこで一体あの蔵はなんぞや・・と家に帰ったから検索した結果です。

 
 彦御蔵(ひこおくら)は盛岡城内に残る唯一の建造物で年に1回公開している。江戸時代後期の建築とみられ、後年は公園外に立地し、民間で活用されていたが、街路事業に伴い1989年に現在地に移設、保存している。

彦御蔵は木造2階建ての土蔵造り、外観はしっくい塗り。屋根は野地板の上に土塗りして、その上に木造屋根組の二重構造。瓦ぶきで10年ほど前、屋根のふき替えと壁の補修をしている。

天守櫓(やぐら)などは明治になって以降、取り壊されたため、藩政時代に城地内に建てられた中では唯一現存する土蔵造りの蔵。参勤交代の道具入れとして使用されていたと推定されている。

城下盛岡旧町名探求地図(平成十五年版より)
 

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