盛岡発 No.135

発信日 2007/04/27  盛久旅館
発信者 田口絢子

盛岡の中央通り1丁目、サンビルから御田屋清水を上がったところに「盛久」旅館があった。
しかし、1927年創業以来明治からの建築物として我々盛岡の人には盛岡の文化として親しんできたのだが、盛岡もホテルが立ち並びとうとう2003年に閉館され、いつもその前を通る度に寂しい思いをしてきた。

うれしいことに、このたびギャラリーとして再開するというニュースが入り、さっそくオープンの日盛久旅館を訪ねた。

これにはいまNHKで放映されている「どんど晴れ」の影響もあると聞いた。
老舗旅館が舞台のドラマだがあの旅館はどこですか?と問い合わせが多い。盛久さんでは?と聞いてきた人もいて泊まってみたいという声もあった。

歴史を紐解くと盛久は明治維新以後お城に繋ぐ道筋に建てられた。
明治18年盛岡中学校新校舎(現岩手銀行本店)右角に盛岡裁判所 明治12年岩手県庁、明治9年に高等師範学校、付属小学校が建てられた。

私はこの盛久旅館前にあった附属幼稚園に通ったので特に懐かしい場所である。

盛久旅館は明治期に下宿屋として建てられ(周辺に学校が多かったので?)大正に旅館業に変わり昭和28年民芸運動の柳僧宋悦等によって民芸の盛久として多くの文化人に愛されてきた。

特に棟方志功はこの民芸旅館が大変お気に入りで何度も泊まり旅館の看板とかこの旅館で書いたものも沢山残っている。

今回ギャラリーとしてオープンした部分は昭和28年の改築後喫茶室として営業した部分で今回は出来るだけ当時の姿を残しながらも新しくギャラリーとして再出発した。

「どんど晴れ」の旅館を今度よ〜く見て欲しい。玄関に「来者如帰」の額が掲げられている。
あれの原書は盛久所蔵、古いものではなく今回のドラマのために書かれたものなそうで、その意味は「来客の方には自分の家に帰ってきたときのようにくつろいで頂けるようなおもてなしをする」の意。

棟方志功の版画「女人観世音」 米内光政 扁額書 舟越保武 ブロンズ 山下清 色紙絵 今東光 色紙書 草野心平 色紙書 高橋忠弥 色紙画 などなどの30点ばかりの作品が展示されていた。

盛久ギャラリーは美術・工芸・民芸品の展示、文化的催事場として一般に貸し出しもする。

ところで今回の盛久ギャラリーの主の及川昭伍さんはお髭も立派な日本陶芸倶楽部正会員であられる。お住まいは東京で「東京盛岡ふるさと会」の前会長、みちのく盛岡ふるさと大使の肩書きもお持ちの方。盛岡一高昭和25年卒、私の義兄と一緒の頃でしょうか。姉のことも義兄のこともご存じだった。
大蔵省、経済企画庁を官僚としてお勤めになりその傍ら陶芸を習得東京では陶芸家及川として個展を数度開いているそうで今回の展示品の中にも立派な作品が飾られてあったのが大変印象に残った。

ぜひ次回盛岡をお訪ねの折りには御田屋清水の坂を登って盛久ギャラリーを覗き盛岡発の文化を味わって欲しい。
 

サンビル向かいの 田口カメラ デジット東大通り店

御田屋清水

盛久玄関

館主の及川昭伍さん

昔の儘の暖炉

ギャラリーから中庭を望む

山下清

ギャラリーから玄関を見て


「どんど晴れ」の旅館の額の原書

 

 

まだ肌寒い岩手公園

同じ場所で5月2日の公園
 

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