盛岡発 No.142

発信日 2007/06/29  わすれな草
発信者 田口絢子

今年も中津川の岸辺に可憐なわすれな草が咲いた。花好きな私にとってわすれな草にはことのほか思い入れがある。

わすれな草は私を遠い幼い日へと運んでくれる。古いアルバムをめくるとそこには私と田口写真機店の店員さんたちが上の橋をバックに河原でわすれな草を摘んでいる写真とわすれな草の花束を持ち麦わら帽子を被ってポーズをとっている3才頃の私が写っている。

しかし、一面に咲いていたわすれな草は中津川の河原からいつしか姿を消していた。

深沢紅子先生は昭和21年戦後間もなく盛岡に日曜図画教室を開いた。私は日曜日になるとその図画教室に通って公園や中津川のスケッチを楽しんだ。

テレビもゲームもない時代、四季折々の盛岡の風景を友人とおしゃべりしながら描いていくのは本当に楽しく日曜日が待ち遠しかった。

野の花を愛した紅子先生の遺志を継いで中津川べりに「野の花美術館」が建設されたのは平成8年、そのころから中津川にわすれな草を戻したい・・という熱い思いが盛岡の人々の胸に去来し地道な奉仕活動を行った結果、昔見たなつかしい風景がまた戻ってきた。

遊歩道を朝な夕なわすれな草を愛でながら通勤している人もたくさんいる。きっと心の中で「おはよう」「ただいま」とわすれな草に声をかけているに違いない。名も告げず早朝一人で手入れをしている人が居ることも忘れてはならない。

今日もまた、中津川のせせらぎを聴きながら、来年も再来年もずっとずっと咲いてねと河原一面に咲くわすれな草にそっと私は語りかける。

 --盛岡法人会会報に寄稿--

*忘れな草は漢字では勿忘草 紅子先生のスケッチには「わすれな草」とひらがなでしたのであえてそのまま書きました。
 
 

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